金沢21世紀美術館にみる「間」の創造:透明な壁と曖昧な境界
導入
日本の伝統的な美意識や空間概念として語られる「間」は、単なる時間や空間の隙間を指すだけでなく、余白、対比、連続性、関係性、そして時間性といった多層的な意味を含んでいます。この抽象的な概念は、古くから日本の建築デザインにおいて重要な役割を担ってきましたが、現代建築においてはいかに解釈され、具現化されているのでしょうか。本稿では、妹島和世と西沢立衛によるSANAAが設計した「金沢21世紀美術館」を取り上げ、「間」の思想が現代的な透明性と開放性によって、いかに創造的に表現されているかを考察します。来訪者が建築空間を体験する中で、「間」がどのように知覚され、意味を持つのかを深く理解する一助となることを目指します。
対象建築の概要
金沢21世紀美術館は、石川県金沢市に位置し、2004年に開館しました。建築家は、国内外で高く評価されているSANAA(妹島和世+西沢立衛)です。この美術館は、「まちに開かれた公園のような美術館」をコンセプトに、地上1階、地下1階の低層で円形の平面を持つ構造が特徴です。多様な展示室、交流ゾーン、カフェ、図書室などが、壁面を隔てながらも緩やかにつながる形で配置されており、従来の美術館のイメージを刷新しました。
「間」の表現分析
金沢21世紀美術館において、「間」の思想は、その独創的な平面計画、内外の境界を曖昧にする透明性、そして光と影の繊細な操作によって多角的に表現されています。
円形平面が生み出す「間」の連続性
この美術館の最も象徴的な特徴は、直径112.5メートルの円形平面を持つことです。平面図を見ると、この円形の外周に沿って各ギャラリーや機能空間が配置されており、来訪者は特定のルートに誘導されることなく、自由に展示室間を移動できます。これは、従来の美術館が持つ直線的な動線計画とは異なり、空間と空間の間に明確なヒエラルキーや終着点を設けない、「間」の連続性を生み出しています。来訪者は円形のどの方向からもアクセスでき、内部では常に外部の風景や隣接する空間の気配を感じながら、自身のペースで「間」を行き来することができます。この自由な動線計画は、空間間の「間」を固定せず、来訪者の選択によって変化する「可変的な間」として捉えていると言えるでしょう。
透明な壁と曖昧な境界の「間」
金沢21世紀美術館は、その名の通り「21世紀」の美術館として、地域や人々、そして多様な価値観との間に新たな関係性を築くことを意図しています。その思想を物理的に具現化しているのが、ガラスカーテンウォールを多用した内外の境界表現です。外観の写真を見ると、全面ガラス張りのファサードは、美術館内部と外部の公園、そして街の風景との間に、視覚的な「間」をほとんど設けていません。これにより、来訪者は外部の景色を取り込みながら展示を鑑賞でき、また外部からは美術館の活動が垣間見えるという、相互浸透的な「間」の関係性が生まれています。
さらに、内部のギャラリー間もガラス壁で仕切られる箇所があり、隣接する空間の活動が視覚的に伝わることで、物理的な壁で隔てられていながらも、緩やかな「間」の繋がりを体験できます。例えば、ある展示室からガラス越しに隣の展示室や、さらにその先の屋外の光庭が見えるような視線の抜けは、空間と空間の間に視覚的な連続性という「間」を挿入し、空間体験に奥行きを与えています。これは、視覚的な境界を曖まいにすることで、物理的な隔たりを超えた心理的なつながり、すなわち「間」を創出するSANAAの設計思想の核を成すものです。
光と影が織りなす時間性の「間」
美術館の内部には、大小様々な光庭(パティオ)がランダムに配置されています。これらの光庭は、自然光を館内に引き込む役割を果たすだけでなく、各空間に独立した「間」としての性格を与えています。仮想的な断面図を思い描くと、屋上から差し込む光が光庭を通じて地下の展示室にも届き、時間帯や季節によって異なる光の表情が刻々と変化している様子が分かります。この光の変化は、空間に時間性という「間」を導入し、単一ではない多様な空間体験を来訪者にもたらします。太陽の動きによって移り変わる光と影のコントラストは、展示作品の表情を変え、見る者の感受性に訴えかけます。
また、これらの光庭は、来訪者が一息つくための休憩空間、あるいは思索にふけるための静かな「間」としても機能します。外部の環境が直接的に内部に取り込まれることで、美術館という人工的な空間の中に、自然の移ろいという「間」が挿入され、心地よい緊張感と解放感が共存する空間が実現されています。
結論/まとめ
金沢21世紀美術館は、「間」という日本の伝統的な概念を、現代建築の文脈において革新的に再解釈した事例であると言えるでしょう。円形平面による自由な動線、透明な壁による内外の境界の曖昧化、そして光庭がもたらす光と影の詩的な変化は、それぞれが異なる側面から「間」を表現し、来訪者に多様な空間体験を提供しています。
この建築は、固定された空間ではなく、常に変化し、来訪者の行動や視線によってその意味を変える「開かれた間」を提示しています。建築学科の学生の皆さんにとっては、単に造形的な美しさや機能性だけでなく、抽象的な概念である「間」がいかに具体的な建築要素に落とし込まれ、空間の質を決定づけるかを探求する上で、極めて示唆に富む事例となるでしょう。金沢21世紀美術館は、建築が単なる物理的な構造物ではなく、人々の感覚や行動、そして文化と深く結びつく「場」を創造する可能性を示しています。